
時はバブルの最盛期、ハイソカーブームは益々活況で「4ドア+高級+高性能」のマークⅡ・3兄弟の勢いは、とどまるところを知りませんでした。
ハイソカー市場で劣勢の日産は、プラットホームを共有する4ドアミドルクラスで車種ごとに個性を明確化する戦略を企画。高級はローレル、カジュアルはセフィーロ、そしてスポーツはスカイラインという3つのフォーメーションで挑んだのです。
また、当時日産は、90年代に技術世界一を目指す「901運動」を推進していました。技術陣はポルシェやベンツに追い付け追い越せで、燃えに燃えていたと聞き及んでいます。
そして「個性明快フォーメーション」と「901運動」の2大戦略によって、R32スカイラインは高級感や居住性にとらわれることなく、走行性能の向上に注力することができたのです。
ちなみに当時の個性明快フォーメーションを企画したのは、後にV35スカイラインでFMプラットホームを開発し、現行GT-R の開発責任者を務めた水野和敏氏その人。筆者は今でも、この時期に登場した「スカイライン・ローレル・セフィーロ」は、本当に魅力的だと思っています。
記事の続きを読む1989年5月に登場した8代目R32スカイラインの宣伝コピーは、「超感覚スカイライン」。ボディはロングノーズとコンパクトなキャビン、そしてリア丸目4灯が特徴で、4ドアスポーツセダンと2ドアスポーツクーペだけの設定でした。
全長の短縮と軽量化によって取り回しを改善するとともに、ボディ剛性を高めて当時最先端の4輪マルチリンクサスペンションを採用。更に4WSでは、逆位相転舵を追加したスーパーハイキャスを搭載して、ハンドリング性能の飛躍的な向上を成し遂げました。
GT系のエンジンは、2L直6のRB20でOHCとDOHC、DOHCターボの3種類を用意。ただRB20は低回転域でのトルクの薄さが泣き所で、マイナーチェンジの際にはDOHC2.5Lを加えて弱味を補填しています。ちなみに歴代続いていたNA直4エンジンは、R32が最後の搭載となりました。
R32スカイラインの一番人気は、DOHCターボを搭載した「GTS-tタイプM」。901運動によって抜群の走行性能を備え、「とんでもないが、とんでもいい」という超感覚ドライビングを実現したクルマだったのです。
そして1989年8月、レースで勝つために第2世代のスカイラインGT-Rが復活しました。2ドア専用で、フィン状のフロントグリルと大きく張りだした前後オーバーフェンダー、そして巨大なリアウイングを装備したスタイルは迫力満点。
またエンジンは2.6LのDOHCツインターボで、レース対策でナトリウム封入バルブを組み込んだ名機RB26DETTを搭載。ファインチューニングでも、自主規制280ps を軽くオーバーする底知れぬポテンシャルを備えていました。
さらに、新開発の4WDシステム「アテーサE-TS」が凄かった! 通常はFRの後輪駆動ですが、滑りを検知したら前輪に最大50%まで駆動力を連続的に配分する可変トルク4WDシステムを搭載したのです。ちなみに通常はFRというのが、スカイラインファンの心に刺さりました。「GT-Rなのに、4WDとは何事ぞ!」というネガティブな声は、ほとんど出なかったと記憶しています。
なおR32スカイラインでは、アテーサE-TSを2Lターボ仕様にも搭載して幅広いニーズに応えました。
ケンメリGT-Rから16年の時を経て復活したR32スカイラインGT-Rは、レースでも大活躍で、グループAでは連戦連勝。ブルーのカルソニックなど、サーキットを躍動するR32GT-Rは本当に無敵を誇り、本当にカッコ良かった!
こうしてスポーツに振ったR32スカイラインは、走りでは絶賛に近い評価を受けるとともに、レースではGT-Rが無敵の戦績を収め、大いに人気を集めました。また個性明快フォーメーションのローレルやセフィーロも好評で、CM等でも話題を呼びました。
ただそれでもハイソカー市場では「4ドア+高級+高性能」で牛耳るマークⅡ・3兄弟を切り崩すには至りませんでした。そのためスカイラインは、R33へのモデルチェンジで迷いが出てしまったのです。
(星崎 俊浩)
間違いなくニッサンの名車だと思う。
フロントデザインはダメだったけどね。
私の中ではスカイラインはプリンス自動車が開発して、この世に登場させた車のひとつです。
この頃の日産はスカイライン、フェアレディZ、プリメーラ等商品力はかなりいいセンいってた。でも販売がダメダメでトヨタとの差を縮めるには至らなかったんだよな〜、勿体無い!
そのトヨタはスープラで全く歯が立たなくてターボAとかわけわからないの作ったけどって感じで。
販売に関してもこのクラスは日産の一人勝ちでしょ
いってる意味がわかんない。
セリカならまだわかるけど。
やっぱりZはTバールーフ。
結婚してプリメーラも乗ったな。
今はレクサスだけど日産はないな。
販売で日産が一人勝ちって…無知にも程がある。この頃の販売台数ベスト10はサニー・シビック・ファミリア以外は全てトヨタ車ってのが当たり前だったのにどうやって日産が勝てるというのか?
>トヨタとの差を縮めるには至らなかったんだよな〜
おかしな事言うねぇ
いつの時代も日産が一番です
S13シルビアもお忘れなく
私の中ではこのスカイラインが最後だと・・・特に今のスカイラインは見るに耐えられない。
エンジンは、直列じゃなくなって…トレードマークとも言える同径の丸目テールじゃないし…なんと言ってもデザインが最悪┐(´д`)┌
スカイラインは、終わった車になってしまいました(T_T)
今の車全般的に言うよね。
タンスにゴーン社長になってスカイラインだけじゃなく、シーマ、プレジも終了のお知らせでしたもんね。。。
今のスカイラインは、もうスカイラインじゃないよ。完全に別物。
父親がR32を新車で買って20年弱乗ってました。GT-Rではなかったですけど、自分も時々運転してましたが、R32が車に対する価値観に大きな影響を与えてくれて感謝してます。今となっては、あの時間がとても贅沢な時間で大切な思い出です。
記事最後の『R33は迷いが…』に同意
スペックだけでは車は売れないということで
R32の路線を踏襲していたら、
今頃、世界一の自動車メーカーになっていたかも。
あの後の世代の日産自動車は全て迷走して行った。ブルーバード、プリメーラ、シルビア、スカイライン、セフィーロ、レパードに至っては…シーマ、セドグロ全て欲をかいて崩壊した感じ。
その点、トヨタは客ニーズを考えている。
まぁ魅力は・・・だが、無難なのかな(笑)
逆だ。
車内が狭いとかの顧客ニーズを営業部門が開発に意見してデカく、重くしたんだ。
買わない人=文句を言う人=顧客ニーズと勘違いしたのが原因。
ガンメタが格好良かったなぁ♪
ワインレッドも良いっす
R32、私の中では、歴代で一番好きです、年齢適にも、ちょうど世代だったのもありますが、完成されてたスカイラインでした
私もR32の2リッターNAに乗ってましたが、NAでも十分に気持ち良く走ってましたし、何よりスカイラインを所有する喜びを感じさせてくれました。
とっても素敵な時間を与えてくれた車でした。
これがスカイラインだ!っていう最後。
乗っていてもワクワクした!
32のGT-R欲しかったな〜!
GTS-4かタイプMで迷ったな~
今見てもカッコいい!!
個人的にはスカイラインの歴史の中でR32が最高傑作だと思っています。ただ当時は所得が少なく、シルビアで我慢しました。
GT-Rの箱にSR積んでレース出してるチームもあったよね
同じくS13シルビアを買いましたよ(ToT)
うーんマニアック!
なつかし〜!
あと、ラングレーってあったね。
ミニスカイラインって呼ばれてたけど、格好がショボすぎて笑った。
ラングレー懐かしい
見た目はミニスカイライン
中身はサニー
意外とキヒキヒ走ったんだよね
軽かったからかもね。
ラングレーは一時期、鈴木亜久里がCMやってましたね。
日産の901活動の集大成がR32だと思う。
GT-Rばかり取り上げられてるけどノーマルGTSタイプMだって素晴らしい車だったぞ。
クルマの記事で久しぶりにマトモな文章みた。
昔はバイト掛け持ちしてGTR買う人もいた
今は普通に正社員で働いても買えない
だって1200万だもんね。
中古なら買えるんじゃないの?
32までが好きだったな。
typeM、32GT-Rと乗りました。運転が楽しい車だったな。
↑うらやましい!
HCR32-4ドア5M/T車…
諸事情で三年前に手放した…まだまだ乗りたかったな…。
フェアレディZにも、とことん拘っていいと思うのだか…
R32は本当に化け物。馬力規制でノーマルで280ps??くらいしかない皮を被った車だが、さすがRB26dettで少し弄っただけで650psくらい出るんだから凄いね。外見と性能てきにも名車中の名車。それに比べて今の車は…はぁ。
コレ。頭文字DでもR-32とFCのバトルは好きだった( ̄Д ̄)ノ
少しいじっただけで650も出ないよ。それなりにいじらないとね。
ケンとメリーのスカイライン
そうそう、この前KPGC型を久しぶりに見たけど、かっこよかった(´∀`)
初めて買った車がケンメリ2000GT
外観をGT-Rっぽくしたなぁ
オバフェン
ミラー
グリル
テール
そして、メーター周りの木目を外したf(^_^;)
この頃は開発陣も熱く購買層も熱かった。今は開発陣だけ熱くてもどうにもならない…
私はR31スカイラインGTS-Rが好きでしたね。いまだに当時の5ナンバーで乗っているオーナーさんに出くわすと興奮する!
確かに32型は最高のスカイラインです!
自分は、タイプMに乗ってました…操作性、デザインは、今でも見劣りしないと思います!
出来るなら、エンジン…直列に戻らないかな(´△`)
cmが良くて。
山下達郎の『ターナーの機関車』で。
ILoveYouスカイライン
セフィーロのプロジェクターライトが妖しげでカッコよかった!
激動の年平成元年。初280PSの32Z、今でも人気の180SXデビュー、最高級車セルシオのデビュー、スバルの知名度を上げたレガシィのデビュー、そしてR32。復刻版出ないかなあ。
ここ20年日産のデザインって酷いよね(笑)なんでここまで酷いんだ(大笑)
黒のGTS-tタイプMに乗ってたけど、手放す時は寂しかったなぁ……
20年以上前の話やけど、今だに夢に出てくるし、感覚、サウンドまでが蘇る!!
また、欲しいなぁ!!
今のスカイラインは4発エンジンの設定が復活しました。
ダイムラー製の「次世代ターボ」です。
この時のR32は最高だ
アテーサ4WDはパルサーGTI-Rが最高だが
あれは化け物
パルサーのフォルムが受け付けんかった(笑)
GTS-ttypeMにのってましたが、大きすぎないボディに適度なパワーユニット。そしてそれを受け止める足回り。本当に乗ってて楽しい車でした。
もうこんな車出ませんかね?
自分の中ではR34までかな。
やっぱりスカイラインはR32が最高。だと思っているが、歴代のスカイラインは、どれもかっこいい。ところが、V35からスカイラインと呼ばれるあの車は、現在の型になっても、かっこ悪い。いい加減車名を変えてくれないだろうか。そして、本来のかっこいいスカイラインを復活して欲しい。どうにかしてくれ日産︎
5年前まで32オーテックバージョンに乗ってました。今でも買い戻したい。
R32の4ドアに乗ってたけどホント最高でした。俺ってこんなに運転上手かった?って思うほどよく曲がるクルマだったなぁ。この頃の日産はどのクルマも走り好きにはたまらないメーカーだった。別に勝ち負けではなくトヨタには作れないクルマで勝負してた気がする。今は昔。
生涯で初めて購入した車がR32のタイプMでした。
我ながら最高のチョイスだったと今でも思ってます。
あの時のドキドキ感…また感じたいなぁ
言ってること、もう全部正解!R32タイプMは本当に楽しい車でした。でも、狭いし、インパネ周りは当時のトヨタ車に比べたらプァーだし。でも、そういうことを一切割り切った車でした。櫻井さんが直接開発したくるまではないけど、その設計の思いがビンビン伝わってくる、そんな車はR32だけだったような気します。
桜井さんはノータッチ。
でも桜井真一郎最後の愛車
この頃はトヨタ日産、二大巨頭だったのにね。当時の日産好きが今の日産をみたら。
当時のままなら、日産は消滅してますよ。
いろいろなクルマに乗ったけどR32のターボ車が最高に楽しかったね!
燃費は最悪だったけど(笑)
89年式の32GT-Rまだ乗ってます。
アテーサはいいシステムだよな。
スカイラインGT-Rも名車中の名車かな
5ナンバーのスカイライン、箱型、何も身体が大きい人種向けに車を作る必要がないのでは?
R32が今出れば、買うぞ〜
エンジンとボディーのバランスが鍵なのと、RB26が素晴らしいエンジンだったからじゃないの?
ハンドリングはタイプMが一番良かったな
R31から、R32TYPE-Mに乗り換えたけど、エンジンも別物でした。
弟がタイプM乗ってたけど(俺は当時70のスープラ)テキトーにスピード出してハンドルを左右にクィクィと揺らしただけでも車の動きの違いに驚いたよスープラにはないハンドリングだった確かによかった
70スープラにハンドリングを求めてはいけないf(^_^;)
この頃のスカイラインはよかった
でもメーカーは一部のオーナーの要望でフォードア出してみたり、モデルチェンジで居住性UPのためにサイズUPしてスポーツ性を犠牲にしたりて人気を落とす。NISSANは半世紀同じことの繰り返し
シルビアも同じ運命をたどった気がする
同感です。32タイプMは手足の様に動く楽しい車です。
これ、買いにディーラーに行ったが、営業マンもフロントマンも知らん顔で30分位ショールームで展示車両を見ただけで帰ってきた。
もう13年前に手放したけど免許取得して最初に購入したのがR32タイプM。スタイリッシュでカッコ良かった。
そして癒し系の33にいまだに乗ってます。
今振り返ると愛すべき日産が最期に一花咲かせた・・そんな時代だったな
この頃の日産⋯最高です!高級車はシーマからコンパクトなマーチまで⋯魅力的な車ばかり!特にR32はもはや伝説!でも注目されるのはGT-Rばかり⋯基準車のできがイイからトップグレードのGT-Rがイイのです!GT-Rだけがスカイラインじゃないんだぜ~!
そうですね。
ツインカムNAの2000GTSと後期のGTS25は、シャシーがエンジンに勝っていて、とてもバランスが良かったと思います。
R32は、伊藤修令氏の作品。彼の功績を書くべきだろう。

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